私は不動産屋で賃貸物件の管理をしています。
あるとき、そこで管理していた、とある戸建貸家で事件が起きました。お化け屋敷になりかけたのです。
本記事には、その時の思い出を記したいと思います。最後までおつきあいいただければ幸いです。
なお、もう少し怖いお話もあります。
怪しい入居希望者
それは今から数年前のこと。
12月下旬の、あと数日で仕事納めというタイミングで、とある戸建貸家に入居したいという家族が現れました。50歳くらいの母親と、20代の長男、10代の長女という3人家族。今まで別々に暮らしていた3人が、同居することになったんだとか。さらに小型犬を2匹飼っていたので、ペットと暮らせる家が希望で、明日にでも入居したいとのこと。
年末に急ぎの入居…なんとなく嫌な予感がしましたが、半年ほど空室になっている物件だったこともあり、とりあえずお受けすることに。
早速、保証会社の審査を受けてもらうことにしました。今は連帯保証人をつけてもらう代わりに、保証会社との契約を賃貸借契約の条件としている不動産屋は少なくありません。
ちなみに最初は母親名義で入居審査をしたものの、審査結果は「非認」。審査に通らなかった理由は不明(保証会社はその理由を明かさないため)ですが、保証会社の審査に通らないというのは、別に珍しいことではありません。カード決済が規定日数以上遅れたとか、そういったことでも信用に傷がつくため、その時はそれほど気にしませんでした。
事情を説明すると、今度は長男名義での審査を希望されたので、提出してみるとスルッと通過。そのまま契約手続きを進めることになりました。
しかし契約時、入居者全員の免許証を確認した際には、さすがに不安になりました。
母親の免許証裏に住所遍歴が記載されていたのですが、この1年の間に3度も住所を変えていたのです。それも、さほど変わりのない場所で。猛烈に嫌な予感がしましたが、長男と長女には特段不審な点もなかったので、そのまま契約金を頂き、鍵を渡しました。
家賃滞納
それから間もなく、家賃が支払われなくなりました。厳密にいえば、引き落としができなくなったのです。督促をしてもまるで改善されず、3ヶ月が経過。そのうち電話にも出なくなったので、直接訪問することにしました。
午前中にも関わらず、リビングの掃き出し窓には厚手のカーテンが閉じられています。しかし、カーテンが寸足らずで下の方が丸見え。布団が敷いてあるのが見えました。しかも誰か寝ている様子です。
テレビドアホンのボタンを押しますが、反応がありません。誰も出てこないというより、テレビドアホンが鳴っている感じがしないのです。よく見ると、テレビドアホンに通電していることを示すランプが消えています。故障なのか、ブレーカーでも落としているのか。季節は2月末。まだまだ寒さの厳しい時期でした。
仕方なく、リビングの窓をノックします。
「すみませーん」と呼びながらコツコツと窓を叩いていると、寝ている人がむくりと起き上がりました。
母親のようです。仕事してないのか? 単に休日なのか?窓をガラガラと開けて母親が「はい?」と怪訝そうな顔をしたので、会社と私の名前を伝えると、顔色がサッと変わって「お世話になっています」と頭を下げました。
家賃滞納の件を伝えると、母親と長女は既にパートを辞めてしまった(辞めさせられた?)状態で、長男の収入しかないために家賃が払えていないと言われました。テレビドアホンが鳴らなかったことを尋ねると、電気を止められていると言われました。
何にせよ、今後のことを相談したいので、長男から一度連絡が欲しいと伝えてその場を去りました。
それから2週間ほど待ちましたが、一向に連絡は無く、こちらから電話をしても出てくれず、返信もない状態だったので、仕方なくもう一度訪問することにしました。
痣(あざ)
家の状況はまるで変わっていませんでした。
リビングの窓をノックしてみると、前回同様、寝ていた母親が顔を出しました。
一目見てギョッとしました。
左目の周りに、まるでマンガのような赤アザができています。誰かに殴られたとしか思えません。
咄嗟に長男のことが頭をよぎりましたが、聞けるはずもなく、努めて淡々と、長男から一度連絡をもらえるようお願いし、その場を去りました。
それからさらに1ヶ月が経ちましたが、やはり連絡はなく、こちらの電話に出る様子もありませんでした。この状況に、遂にオーナー側から解約の申し入れがありました。追い出してくれ、ということです。
その意向を伝えるべく、訪問し、リビングの窓をノックすると、今度は長女が姿を見せました。
「お母さんはいらっしゃいますか?」と尋ねると、玄関ドアを後ろ手に閉じて「今はちょっと体調が…」と言葉を濁します。
やけに小声なうえに、家の中をチラチラと気にしているのは、中に母親がいるのでしょう。
ふいに、あの赤アザが頭をよぎり、不穏な想像をしますが、まさかとすぐに打ち消します。
「お話なら私が聞きます」という彼女に、家賃を払うつもりがないなら出て行って欲しいと伝えると、「私も最近バイトが決まって働いています。兄も変わらず働いています。ただ、母は…」と言いづらそうな様子。
そこで、気になっていたことを聞いてみることにしました。
「先日うかがった際に、お母さんがお怪我をされていたようですけれど…」
すると長女は「ああ…。あれは兄が殴ったんです」とあっさり。
DV的なことを想像したのですが、それを察したのか「でも、あれはあの人も悪いんです。兄が、自分だけの稼ぎじゃ足りないから働いてくれって言っただけなのに、逆ギレして、掴みかかって…」とのこと。母親を”あの人”呼ばわり…なんとなく家族間に横たわる”溝”を感じました。
その後、長女はすいませんと平謝りするばかり。とにかく、お兄さんから連絡を下さいと伝えてその日は帰りました。
急転
その翌日、ようやく長男から連絡がありました。
今後のことについて話をしたのですが、「今後は心を入れ替えてキチンと家賃を払いますから、このまま住ませて下さい。今までの滞納分は分割で支払います」の一点張り。この時点で4ヶ月家賃滞納。今さら信用などできるわけがありません。そもそも家賃の”分割払い”など許されるわけがないのです。
「今さら無理です。来月末までに出て行って下さい」と機械的に繰り返すだけでした。
何巡目かのやり取りの後、諦めたように「…わかりました」と長男。それでは、引越しの日が決まったら連絡を下さいと電話を切りました。
そうして、約束の期日が近づいたある日、長男から連絡がきました。引越しの日が決まったんだなと、少しホッとした私に長男はとんでもないことを言いました。
訃報
「母が死にました」
耳を疑うような一言。しかし、確かにそう言いました。今の貸家を、あと数週間のうちには出ていかなければならないというこのタイミングで。
ふと、長男に殴られて赤アザのできた母親の顔を思い出し、イヤな想像をしましたが、まさかと否定します。
事情を聞いてみると、自宅で急に倒れたとのこと。そこで救急車で病院に搬送されたが、間もなく死亡したということでした。死因は心筋梗塞。
彼は続けて、「49日が終わったら出て行くので、それまで待ってもらえませんか?」と言いました。
心情は理解できます。しかし、仕事として考えれば、待つ理由にはなりません。結局、長居させればさせるほど、後で回収しなければならない家賃が増えるからです。
待てないことを伝えると、長男は「…わかりました」と答えて電話を切りました。
不穏
それから数日後、知らない女性から電話がありました。
彼女は、亡くなった母親の友人だと名乗りました。そして、滞納金額によっては自分が立て替えても良いから、遺された息子たちをもう少しの間住み続けさせてやってもらえないか? と言いました。
赤の他人がそこまで言うとは、何かよほど深い縁があったのかと尋ねたところ、学生時代の同級生で、ずっと付き合いがあったとのこと。
ただ、「彼女とは縁があったから仕方ないけど、あんなろくでもない子供たちの面倒なんて本当は見たくない」なんてことを口走るので、じゃあ何故こんな面倒を買って出たのかと尋ねると、急に声をひそめて「…こんなこと言うと、頭おかしいと思われるかも知れないけど…」と前置きをして、こんな話をしてくれました。
母親が亡くなった後、その貸家に霊現象が起こるようになったというのです。
母親は生前、二階に3室ある洋間の一番奥の部屋を寝室にしていたそうなのですが、母親の死後、毎晩その部屋から呻き声が聞こえたり、風も無いのにドアが開閉したりするようになったと、長男、長女から相談されたそう。
そこで彼女は、知り合いの不動産屋と拝み屋を連れて現場に行ってみたらしい。
すると長女が、「そういう現象が起こるのは、決まって夜中の2時頃だ」と、ホラーのお約束みたいな話をしたそうで、じゃあとりあえず確認してみるかと、泊まり込んだそうです。
一階のリビングで、今か今かと待っていると、まさに2時頃、二階でドアがバタンバタンと荒々しく開閉する音がし、次にギシギシと床を誰かが歩くような軋み音、さらに女性の苦しそうな呻き声がしたのを、そこにいた全員が聞いたそうです。
そこで拝み屋が、日を改めて除霊の儀式をしたものの、まさかの失敗。
拝み屋は「本人がまだ死んだことに気づいていない。暫くすればそのことに気づいて成仏するだろうから、それまでは息子達と過ごさせた方が良い。でないと、この貸家がお化け屋敷になって、次の住人に迷惑をかけてしまうことになる」と、失敗の理由を語ったのだそうで、それで”もう少しの間、住み続けさせてやってくれないか”という話だったんですね。
とは言え、”もう少しの間”というのは期間の定まらない話ですし、”暫くすれば成仏するだろう”というのも不確定な話。とにかく全てがボヤッとした話でした。
ひととおり話し終えると、彼女は「正直言って、あの子達のことなんてどうでも良いの。でも、同級生が成仏できずに彷徨ってるなんて聞いたら、放っとけないじゃない」と付け加え、「あの子達が滞納してる金額を教えてくれる? 私に出せるお金なら立て替えるから。私はアパート経営もやってるし、お金には困っていないの」と言うので、じゃあと金額を伝えると「無理」と即答。
その時点で60万円くらいありましたから、流石にそこまでしてやる義理はない、くらいに思ったのでしょう。
「色々変なこと言っちゃってごめんなさいね」などと言い残し、電話は切れてしまいました。
しかし、今の怪しげな話は本当でしょうか。住人に問い質そうと、私は早速、貸家に向かいました。いつも通り、リビングのカーテンは閉じて…いません。開いています。覗いてみると、薄暗いリビングの片隅に骨壺があり、その前に線香立てが置かれていました。
元々、家具らしい家具もなく、ただ布団が乱雑に敷かれていただけの殺風景なリビングでしたが、南向きのはずなのに、曇り空の広がる天気のためか、冬の早い日暮れのためか、薄暗いリビングに、するすると立ち上る線香の煙はとても薄気味の悪いものでした。
そもそも家人がいないのに、線香をつけっぱなしにしているというこの状況も変でした。ついさっきまで誰かがいたのでしょうか?
それを見た瞬間、思わずゾッとして、そのまま帰ってしまいました。
帰社すると長男に電話をし、そこで先程電話のあった女性の名を伝えると「母の友人で、家族ぐるみでお世話になってる人です」とのこと。霊現象のことを尋ねると「ああ…そうですね。ありますね」と即答。具体的な現象や、拝み屋の件など確認してみると、内容は完全に一致。
こうなると、できれば家賃をキッチリ払ってもらって、このまま住んで欲しいという気持ちにもなりましたが、現実的に支払い能力は無さそうです。
となれば、とりあえず出て行ってもらったうえで、お祓いのできる人を頼むしか方法はなさそうでした。
そして私は、お祓いのできる人を探して相談するのですが、それはまた別のお話。
『大島てる』でも拾えない真実
ここに住んでいた家族の言葉を信じるなら、母親は、この家で亡くなったわけではなく、搬送された病院で亡くなったということになります。つまり「事故物件」とは呼ばなくて良い、と言えそうです。いや、呼ばなくて良かったのか?
実際に霊現象は起きてしまったわけです。
にも関わらず、今や知らない人の方が少ない(はずの)事故物件検索サイト『大島てる』には載っていません。
この物件は上掲した別記事のとおり、今現在は何の問題もありませんが、知り合いの不動産業者が管理している物件で、大学生が病死していたという部屋があるのですが、これも『大島てる』には載っていません。
おそらく日本中に、こういった物件は数多く存在するのではないでしょうか?
大家さんと管理会社にとって、「事故物件」は死活問題です。他の入居者に悪影響を与えるうえ、家賃は値下げせざるを得ないからです。多額のローンを抱えていたら、目も当てられません。
できれば、そういったレッテルは貼られたくないし、隠せるものなら隠しておきたい、というのが本音でしょう。
法律で説明責任が課されたと言っても、事故後、最初の入居希望者にしか説明する義務はありません。
そのため、とりあえず管理会社の関係者名義で一旦契約し、それを解除した後、知らん顔で入居募集している物件もあると聞きます。
気をつけてと言っても、気をつけられるものでもありませんが、内覧の際の直感を信じるとか、暮らし始めて違和感を感じたらお祓いをしてもらうか、自分でできることはやっておくべきだと思います。
私のように霊感ゼロの人でもできる対処法を、その道のベテランに教えていただいたので、気になる方はこちらの記事もお読みください。
それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。